男親はつらいよ ~母親偏愛編~
2012年 08月 25日
娘が1歳7ヵ月になった。どういう時期かと言うと、歩いたり走ったりするけど転ぶ回数も多い。階段をゆっくり上ることはできるけど、下りるのはかなり危ない。言葉は単語を少しずつ覚え始めていて、大人が言ったことを片言ながら繰り返す。それから自分の意思ががかなりはっきり立ち現われてきている。昨日のNHKの育児番組では、1歳台から2歳前後までの「イヤイヤ期」をどう乗り切るかということをやっていた。親がさせとようとすることが何でもイヤイヤなのだ。これはつらい。どうしてよいかわからなくなり育児放棄してしまうこともあり、女性司会者はまさにイヤイヤ期の子を持っているようで、専門家のアドバイスや慰めを聞いて番組中に泣き出してしまった。専門家によれば、イヤイヤ期は意思の現れでもあるので、基本的にはあまり叱ったりせず大変でも見守るのが正しい云々と言っていた。対処法を紹介するのが番組の目的だろうが、同じ境遇の親達を見ることて共感し孤独感から解放させることも番組意図に含まれているのだろう。
明確な意思の現れとは、好き嫌いがはっきりしてくるということ。うちの娘の場合、日中は一緒にいる父親と「まあアンタしかいないから付き合っておくか」的になんとか乗り切り、夕方母親が帰ってくると「ママー、ママ―」とべったりになる。そして僕に「バイバイ」と手を振る。「アンタはもういらないよ」と。これは相当ショックを受ける。決して完璧じゃない子守だけど、この子のために神経を使って身を挺しているつもりだ。娘だって僕を頼って接していたはずなのに、母親さえいれば文字通り手のひらを返してバイバイである。例えば3人で一袋のお菓子を食べていたとする。お菓子の袋を僕が手に取り食べたりすると「お前は食うな。ママにやれ」である。表情やしぐさでそう伝える。それを無視して食べ続けたら泣き出してしまった。これまでもバイバイはよくやられたが、今日の突き放され方やリアルな表情にはこたえた。
しばらくショックから立ち直れなかった。久々に人から傷つけられたような気持ちになった。でもなぜ、まだ1歳で悪意もない子どもから受けた「お前はいらない」にこんなに深く悲しくなるのだろう?眠れなくなってしまった夜に悶々と考えた。ひとつわかったことがあった。それは、僕にとって娘は、単に一方的に世話をする相手ではなくて、毎日毎日の生活のかけがえのない相方、パートナーなのだ。娘がいるから僕がいる。僕がいるから娘がいる。日々いろいろな格闘があるけど、一緒だからなんとかやってこれた大事な相棒から、「バイバイ」されたのである。妻がこのことを笑いながら娘と遊んでいる姿を見て、一家での疎外感を抱き孤独な親父に僕はなってしまった。
と、まあ平均的な家庭の父親の定位置を確立しつつある今日この頃なのである。
明確な意思の現れとは、好き嫌いがはっきりしてくるということ。うちの娘の場合、日中は一緒にいる父親と「まあアンタしかいないから付き合っておくか」的になんとか乗り切り、夕方母親が帰ってくると「ママー、ママ―」とべったりになる。そして僕に「バイバイ」と手を振る。「アンタはもういらないよ」と。これは相当ショックを受ける。決して完璧じゃない子守だけど、この子のために神経を使って身を挺しているつもりだ。娘だって僕を頼って接していたはずなのに、母親さえいれば文字通り手のひらを返してバイバイである。例えば3人で一袋のお菓子を食べていたとする。お菓子の袋を僕が手に取り食べたりすると「お前は食うな。ママにやれ」である。表情やしぐさでそう伝える。それを無視して食べ続けたら泣き出してしまった。これまでもバイバイはよくやられたが、今日の突き放され方やリアルな表情にはこたえた。
しばらくショックから立ち直れなかった。久々に人から傷つけられたような気持ちになった。でもなぜ、まだ1歳で悪意もない子どもから受けた「お前はいらない」にこんなに深く悲しくなるのだろう?眠れなくなってしまった夜に悶々と考えた。ひとつわかったことがあった。それは、僕にとって娘は、単に一方的に世話をする相手ではなくて、毎日毎日の生活のかけがえのない相方、パートナーなのだ。娘がいるから僕がいる。僕がいるから娘がいる。日々いろいろな格闘があるけど、一緒だからなんとかやってこれた大事な相棒から、「バイバイ」されたのである。妻がこのことを笑いながら娘と遊んでいる姿を見て、一家での疎外感を抱き孤独な親父に僕はなってしまった。
と、まあ平均的な家庭の父親の定位置を確立しつつある今日この頃なのである。
by zaoribiyori
| 2012-08-25 23:32


