弁当作りはなぜ手を抜けないのか(抜いてるけど)
2012年 10月 08日
自分の生涯で弁当を作る日が来るなんて思いもしなかった。そもそも主夫を始めたころは、妻の弁当は妻が作っていた。僕が朝食を作っている横で、妻が前日に仕込んでおいたものや朝の短い時間で簡単に作れるものを弁当に詰めていた。これを横から僕が、弁当の1品を手伝い2品目を追加したりしていた。1ヵ月を過ぎた頃には100%僕が弁当を作っていた。「さすがに弁当までは作んないからな」っていう当初の主夫業務規約が破られ、いつの間にか巧妙な手口にはめられていたのである。
朝食は、ごはん、納豆、みそ汁、プラス1品が基本。つまりみそ汁と1品作れば終わり。納豆は1パックに対して2~3倍の混ぜ物(小女子やらキノコ類やらネギやらチーズやら葉っぱやら豆やら、とにかくそのへんにあるもの)を突っ込むので、相当なかさになる。これがシンプル朝食。ほとんど何も考えない。昼食は、妻に詰めた弁当の残りや昨夜の残りを加工したものなど、あり合わせのもので食べる。娘の栄養面以外、何も考えない。夕食は、材料次第で差が出る。基本的にはしっかりしたものを作る。妻が仕事から疲れて帰ってくるので、がっかりはさせられない。多少プレッシャーがかかり、何を作るかちょっとだけ頭をひねる。それでも豪華(うちにしてみればだが)一点張りで難を逃れることができる。
夕食のおかずに頭をひねると言っても、弁当ほどではない。弁当は奥が深い。まず弁当は、その容器をなんとしても埋めなければならない。1品で終わる訳にはいかない。基本3品は入れる。うちの弁当箱は、アルミ製で円筒状の二段重ね。一段目にはごはんを詰める。二段目におかずを詰める。この一段の底が通常と比べて深いのが手こずるところだ。話が逸れるが、この間テレビで、作家の角田光代がうちと同じ弁当箱に毎日弁当を詰めて仕事場に持っていっているのを見た。月曜は洋食弁当、火曜は中華弁当、水曜は和食弁当…と、よくやるよなあと感心して見ていた。話を戻して、この深い弁当箱に平べったいものやかさのないものではなかなか埋めることができない。だから厚揚げや角煮のようなものがドーンと居座るとスペースの半分くらいを占めてくれるので助かる。さらにもう2~3品詰めなければいけない。彩りも考えたい。肉、魚、野菜のバランスも考えたい(言うほど考えてないけど)。我が家は冷凍食品は基本的に買わない。ということで、前日から「明日の弁当には、あれとこれと…」と頭を悩まし始めるのである。誰かのために作る弁当って、食べるところを自分で見れないから、安易に手を抜けないところがある。一緒に食べるのであれば、材料がなかっただの味付けがどうだのって、その場で言い訳ができる。妻が、あまり心落ち着かない職場で迎えるささやかな楽しみになんとか応えたいと思うと、一定の水準はキープしたいのである。
妻は毎日帰宅すると、今日の弁当の感想を言ってくれる。これがありがたい。そして大抵「おかずが多すぎる」と言う。だから最近は、「おにぎり弁当」や「昨日の残りカレー弁当」や「いなり寿司だけ弁当」などもありになってきて、ちょっとはプレッシャーから解放され始めている。一度だけ妻の職場である庁舎の食堂で食事したことがあった。プラスチックの皿に盛られたA定職を、おっさんたちが黙々と食べる姿を見て、「ここで食事するのは気が滅入る」と思った。家族が作るおにぎり2個で十分満たされる気持ちがわかるのである。
朝食は、ごはん、納豆、みそ汁、プラス1品が基本。つまりみそ汁と1品作れば終わり。納豆は1パックに対して2~3倍の混ぜ物(小女子やらキノコ類やらネギやらチーズやら葉っぱやら豆やら、とにかくそのへんにあるもの)を突っ込むので、相当なかさになる。これがシンプル朝食。ほとんど何も考えない。昼食は、妻に詰めた弁当の残りや昨夜の残りを加工したものなど、あり合わせのもので食べる。娘の栄養面以外、何も考えない。夕食は、材料次第で差が出る。基本的にはしっかりしたものを作る。妻が仕事から疲れて帰ってくるので、がっかりはさせられない。多少プレッシャーがかかり、何を作るかちょっとだけ頭をひねる。それでも豪華(うちにしてみればだが)一点張りで難を逃れることができる。
夕食のおかずに頭をひねると言っても、弁当ほどではない。弁当は奥が深い。まず弁当は、その容器をなんとしても埋めなければならない。1品で終わる訳にはいかない。基本3品は入れる。うちの弁当箱は、アルミ製で円筒状の二段重ね。一段目にはごはんを詰める。二段目におかずを詰める。この一段の底が通常と比べて深いのが手こずるところだ。話が逸れるが、この間テレビで、作家の角田光代がうちと同じ弁当箱に毎日弁当を詰めて仕事場に持っていっているのを見た。月曜は洋食弁当、火曜は中華弁当、水曜は和食弁当…と、よくやるよなあと感心して見ていた。話を戻して、この深い弁当箱に平べったいものやかさのないものではなかなか埋めることができない。だから厚揚げや角煮のようなものがドーンと居座るとスペースの半分くらいを占めてくれるので助かる。さらにもう2~3品詰めなければいけない。彩りも考えたい。肉、魚、野菜のバランスも考えたい(言うほど考えてないけど)。我が家は冷凍食品は基本的に買わない。ということで、前日から「明日の弁当には、あれとこれと…」と頭を悩まし始めるのである。誰かのために作る弁当って、食べるところを自分で見れないから、安易に手を抜けないところがある。一緒に食べるのであれば、材料がなかっただの味付けがどうだのって、その場で言い訳ができる。妻が、あまり心落ち着かない職場で迎えるささやかな楽しみになんとか応えたいと思うと、一定の水準はキープしたいのである。
妻は毎日帰宅すると、今日の弁当の感想を言ってくれる。これがありがたい。そして大抵「おかずが多すぎる」と言う。だから最近は、「おにぎり弁当」や「昨日の残りカレー弁当」や「いなり寿司だけ弁当」などもありになってきて、ちょっとはプレッシャーから解放され始めている。一度だけ妻の職場である庁舎の食堂で食事したことがあった。プラスチックの皿に盛られたA定職を、おっさんたちが黙々と食べる姿を見て、「ここで食事するのは気が滅入る」と思った。家族が作るおにぎり2個で十分満たされる気持ちがわかるのである。
by zaoribiyori
| 2012-10-08 18:13


