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福島市から新潟市へ一家避難した子育て主夫の些細な気づき


by zaoribiyori

相容れない「家事の時間」と「育児の時間」

 子育て主婦(主夫)なら分かりきっていることを、日々の嘆きを解消するために敢えて書く。
 
 家事とは段取りだとか効率だとか要領だとかよく言う。確かにその通り。料理ひとつ取っても、同時に煮たり焼いたり切ったり洗ったりと手を動かし火にかけレンジをまわす。何を先に手がけ、何を後にまわすか。瞬時に頭を回転させ(時には体が勝手に動き)、手際良くこなしていく。家事効率の良い人は。さらに掃除だの洗濯だのを挟んでいたりする。家事半人前の自分でも、この流れがスムーズで、余計なことを考えずに家事に没頭して体を動かしている時は気持ちがいいもんだ。ひと通りやり終えて、コーヒーを淹れて飲む時間は至福に近い。と、まあこれは家事だけをこなしていればよい時の話。
 
 一方、育児の時間はどうか。これは当たり前だけど、段取りだの効率だのっていう運び方はできない。さらにうちの娘(1歳8カ月)はイヤイヤ期という時期に差し掛かっているから、何をするにも読めない。大好きな外遊びに誘うとイヤだ。おなかがすいたようなので、ごはんを用意すると食べたくない。寒そうだから服を着せようとしても自分で着るから手を貸すんじゃないと。でも自分で着られる訳もなく、長袖シャツを足から履こうとしている。読めない行動はまだいい。娘は散らかしたおもちゃを自分ではまだ片付けられない。見せて覚えさせるために僕が片付ける。その側からまたおもちゃをぶちまける。ごはんやみそ汁を、もうおなかいっぱいだからとお茶碗を僕に差し出し、僕が受け取る直前に敢えて茶碗をひっくり返し床にこぼす。ギリシャ神話の「シシュポスの岩」を思い出す。全能の神ゼウスの怒りに触れ、シシュポスは急峻な山の頂上に自分よりも重い岩を運び上げるという罰を受ける。岩は山頂直前で転がり落ち、また頂上まで運び、また転がり落ちる。これを延々と繰り返すという罰。「意味のない労働は何よりつらい」という古からの、労働観念において不変の定則を表した話だけど、ついついこれを考えてしまう。娘が散らかしたものを片付けるのは、徒労でも無益でもないことは分かっているけど、ついぐったりしてしまうのだ。

 家事と育児を両立させることが結構大変なことは、ここにある。子どもは家事を妨げてくれるのだ。家事なんてやってないで自分に構えと。泣きじゃくる娘を放っておけないから、娘と遊ぶ。だから段取りや効率重視で家事なんてこなせないのである。自分のためにやりたいこともある。休養の時間も必要だ。こんないろなんものの狭間で、多くの主婦(主夫)は毎日闘っているんだな。俺は気楽なほうだけど。
by zaoribiyori | 2012-10-21 11:46