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福島市から新潟市へ一家避難した子育て主夫の些細な気づき


by zaoribiyori

二人家事の効用

 ほとんどの単世帯では、家事をしているのが奥さんだろうから、日頃しない旦那さんが家事をすると何かと良いことがあると言いたいのである。二人家事の効用は大きく分けて2つあると思う。

 1つ目はわかりきったことだけど、いつもは誰かがやっている雑事をやることで、その大変さがわかるということである。職場の仕事にしても、誰かの仕事を代わりにやってみたら、結構大変なことに気づく。いつもの人は軽くあしらってるけどすごいなあと気持ちを改める。その逆に「あれ?」みたいなこともある。家事も同じこと。昔のお父さんが「こんなまずいメシ食えるか!」なんて言ってちゃぶ台をひっくり返していたけど、日頃ご飯を作っている人だったら、ちょっと味がおかしくても「まずい」とは絶対に言わない。というより、まずいとすら感じない。ありがたくて。掃除も洗濯もそうだ。何か相手のやり方に、気に入らないころがあったら、自分ですればよい。ちょっと長い休暇などで余裕のある時に、丸一日家事をやってみるのもよいかもしれない。清々しい気持ちになれる。そして逆に、あり得ない話だけど、旦那さんの仕事を奥さんが体験できたら面白い。あるいは丸1日付きっきりで同行してみるっていうのはどうか。いかに勤め人って大変かがわかる。顧客やビジネスパートナーと接するとはどういうことか。社内での山のような事務処理、組織がもたらす非合理性とか人間関係とかにうんざりしながら仕事するってどういうことか。事務職をを例にとってみたけど、まあ肉体疲労も精神疲労も溜めこまれる。業務でも家事でも、「できる人」って、例えその人が具体的にその仕事に携わってなくても、「自分じゃない誰かの仕事の内容とその労苦を想像し理解できる人」だと思っている。家庭では一人ひとりに求められるし、職場では特に上司に求められるのだろう。上司を理解できる部下がいたら申し分ない。

 2つ目は、(どっちかというとこっちのほうを言いたいんだけど)一人の家事では抜け落ちたり、偏ったり、不得手で手つかずの事がいくつか出てくる。それをフォローしてくれることは非常にありがたい。僕は、長年のヒトリモン生活が沁みついていて、掃除ってなかなか取りかかれない。習慣にすることができない。情けないけど。平日ろくすっぽ掃除せずにいて、週末に妻が一気にしてくれる。洗濯物をたたむことも苦手。料理の場合はと言うと、少ないレパートリーと、足りない知恵、自分の好き嫌いが毎日の食卓に反映されてしまっている。なるべく偏らないように意識するが、やはり限界がある。これも週末に妻がキッチンに立つと、同じ材料を使うにしても自分では想像もしないような料理に仕上げてくれる。自分が冷蔵庫の奥に遠ざけていた食材を引っ張り出し、生き返らせてくれる。自分は何もやっていないのに、スッキリした気持ちになる。多種の食材を使うことは栄養面でもバランスが取れてくる。

 これら2つの効用は育児にしても同じこと。一対一で向き合う、逃げ場のない大変さをもう一人の親が代わってあげることで随分、気持ちと体が楽になる。子どもにしても片親ばかりの子育てよりは、なるべく多くの人の手で育てられたほうが、豊かな人間性が育まれると何かで読んだ。そりゃそうだ。一人からの人生観なり教育観念を元に育つと、優れた教育をできる人もいるだろうけど、多くは心許ない。それでも家庭の事情ってあるから、簡単に言える話ではない。だからこそ今の時代、地域全体で子どもを育てる環境づくり、コミュニティの形成って大事だなと思う。 
# by zaoribiyori | 2012-09-26 15:44
 先週末3連休は福島に帰った。妻と自分の実家に1晩ずつ泊ってきた。自分の実家や親のことになると、良くも悪くも情が露になってしまうのでうまく書けない。いつも感じることだが、妻の実家で過ごす時間は、あまり経験できないことが多く楽しく意義深い。そもそも今回の帰省は、妻の実家のこれからについて、勝手ながら妻と僕が思いついたことを話すことが目的だった。夕食時にどんなことがが話題に上がったのか簡単にまとめておこう。
 
 妻の実家は、なめこ栽培を主とした農家だ。同時に数年前から、調理師である弟を柱に農家レストランを経営していて、今年からは旅館業も取得して農家民宿が始まった。これだけでも十分に面白い家だけど、これ以前の時点でも、僕は農家におじゃまするというだけで相当新鮮だった。おじいちゃん、おばあちゃんは、畑に出てジャガイモ、大根、人参、ごぼうなど一般的な野菜はほぼ作っていて、近くの道の駅で売っている。家族各々がやっていることがまた面白く、1人1人について細かく書きたいけど、ものすごい文字量になってしまうので、控えておく。

 話の本題は、「レストランと民宿の経営をさらに本格化・安定させるために現状をどう変えるか」だった。要点は2つに絞られた。1つ目は、なめこ栽培をはじめとした農作業、パン作り(お母さん)、NPO活動(お父さん)、その他家のこと諸々とただでさえ忙しい毎日に、レストランや民宿の仕事が加わるというオーバーワーク状態をどのように時間と労力を配分するかということ。2つ目は、中山間地域という商売上不利な立地でどう集客するかということ。妻は客観的にも見れて家庭内の事情も分かっているから、忌憚なく話を進め、みんなの発言の交通整理をした。農業経営もレストラン経営の経験もない僕は、見当違いなことを言って心外されてしまうことは避けたかったので、あまり余計な口出しはしなかった。基本的には妻の言葉をフォローし、集客するための店舗コンセプト、というかコンセプトを導く方向性のようなことだけは言った。終始、現在の仕事をどのようにレストラン&宿へ各々がシフトしていくかということが、常に会議の側面に貼りついていた。あくまで「農家レストラン」であり「農家民宿」だから、本業はなに?って言われないよう逸脱しないことも忘れてはならなかった。とにかく楽しい、ビールグラスを傾けながらの夕食会議だったのである。

 夕食が一段落したところで、
弟「ところで明日東京から泊まりに来る女の人ってここまでどうやって来んの?」
父「とりあえず電車に乗って駅までは来るから、あとは迎えに来てほしいって」
(注:最寄駅まではクルマで30分。そしてお父さんは明日東京に出張予定)
母「誰が迎えに行くの?」(注:みんなやることがありすぎて時間が取れない)
父「…」
弟「そんなこと初めて聞いたけど、もう1回予約内容を確認してみたら?」
(ここでお父さんが、予約のメールをPCまで確認に行く)
父「やっぱり駅まで迎えに来てくれって。そして明日、明後日と2泊するようだ」
母&弟「え!2泊?それも初めて聞いた!どうすんの?準備していない!」
ちょっとあきれ気味の妻「あのさ、予約の日程表をどこかに貼っておいたら?」
こんな感じでバタバタしているけど、のどかな風景と新鮮な野菜で作るイタリアンとどこまでも透き通った人たちが迎えてくれる、評判の良いレストランと宿なのである。

 
# by zaoribiyori | 2012-09-21 22:13
 自分が娘にしてやれる重要な仕事のひとつに公園に連れていくことがある。食事を作るだのおむつを替えるだのは、基本だし誰でもやれる。しかし、公園で子どもと遊ぶことは大変なことで、慣れてくると億劫になって家でくすぶってしまうことがある。雨の日や猛暑の日を除けば、できるだけ公園で遊ばせることを自分の中で習慣化するようにしている。

 新潟市は公園数の多さとその設備の充実度は、かなりのものだと思う。我が家から徒歩10分圏内にあるいくつかの小さな公園は近くて便利だけど、連れていくほうが退屈してしまいあまり利用していない。クルマで10分圏内まで広げると、海浜公園や森林公園、遊具充実の児童公園など大きくて魅力的な公園が5~6箇所あり、これらを日ごと順繰りに回っている。そういう意味では、我が家の立地は公園に事欠かなくありがたい。

 外で子どもと遊んでいると、楽しいだのしんどいだのに加えて気づくことがいっぱいあって有意義だ。まず、子どもの社会性を垣間見れる。ちょっと前まで積極的によその子ににちょっかいを出していた娘だが、ここ最近は子どもが近づいてくると逃げるようになってしまった。大人が近づくと逃げるので、人見知りが始まったなと思っていたが、子どもまで逃げるようになってしまった。それから子どもの身体能力(1歳児にそんなものあるのか?)が、相対的に推し量れることもある。どう見ても3歳くらいの男の子がビビって滑り台から下りられないのを、娘は笑いながら下りていく。階段の上り下りが怖くて見てられないので手を差し伸べると、「手を離せ。向こう行ってろ」と一人で手すりにつかまってバランスを取りながら上り下りする。こんな程度で、「こいつは身体能力がスゴイ」と思っている親バカは数限りなくいるんだろうけど、親ってやっぱりそう思ってしまう。
 
 子どもが思いっきり体を動かしている姿を見て思った。頭はそこそこでいいけど、体の丈夫さや身体能力は他より優れていて欲しいなと。体を動かすことが好きで、体育が一番好きな(両親がそうなので)子になって欲しいなと。40歳を過ぎても、自分の中で結構な頻度で反復される快感体験ってある。それは、小学生の時に速球投手から打ち放ったセンター前ヒットだったり、万年レシーバーだった高校のバレー部時代に上げた強打レシーブだったり、スポーツで得た快感だ。今でもその時の手ごたえをはっきりと覚えているし、情景だって思い出せる。こういう快感シーンがいくつかあるのって、自分にとっては生きる上でのささやかな宝だったりする。テストで100点取ったって、それを覚えていてじんわりすることなんてない。ズバ抜けて頭が良くてズバ抜けた資質を備えた大人物になるようだったら別だけど、そうなるはずは絶対にないので、頭は並で十分、道徳観が備わっていればそれで良い。なんでもいいから好きなスポーツに熱中してもらいたいというのが、今のところの願望である。

 日中外に出て太陽の光を浴びると、昼寝もたっぷり3時間、夜もぐっすり寝てくれるのでありがたい。公園デビューなんて言うけど、毎回訪れる公園でデビューしているようなもんで、新潟のママたちは(全国そうだろうけど)、あたたかく微笑ましく、我々父子を迎えてくれるのである。
# by zaoribiyori | 2012-09-13 22:17
 先週末、約20年ぶりに巨人戦を見てきた。場所は新潟市のハードオフエコスタジアム。福島県から新潟県内に避難している世帯にチケットが配布された。ありがたい。巨人戦と言えば、学生の時、東京ドームの外周を2周する長い列に並び、2時間かけてチケットを取ったことを思い出した。当時よりはプロ野球人気が落ちてしまったけど、やっぱり巨人戦は特別な気持ちになる。
 球場に着いてスタメンのオーダーを見たら、巨人でわかる選手が阿部、坂本、長野の3人だけ。対戦相手のヤクルトに至っては1人もいない。宮本の守備はどうしても見たかったのだけど、外されていた。畠山も。んー、いくら熱心に追っかけてなくてもここまで自分がプロ野球から離れていたとには驚いた。だから例によって、持参したいなり寿司を頬張り、トウモロコシにかぶりつき、ノンアルコールビールを飲むことに楽しみを切り替えた。面白い局面が来ると妻にうるさがられながら解説をし、たまに大声で叫ぶと娘が喜んだ。偶然にも斜め後ろの席に中学・高校の同級生だった友達とその家族が座っていた。彼らも郡山市から避難している。1度だけ、新潟で一緒にメシを食べたがそれ以来だった。うちの娘が飽きてきたので5回裏が終わって、友達にあいさつをして球場を後にした。

 避難してちょうど1年になるが、さまざまな支援をいただいた。家賃補助や東電からの賠償(これは支援じゃないか)など、全国どこに避難しても共通の支援は周知されているので、新潟市に来たことで受けてきた支援を挙げておこうと思う。
■プロ野球観戦チケット3試合分(5月の阪神・広島戦は新潟日報社より、7月の
 フレッシュオールスター戦は新潟県より、9月の今回は地元局NSTより)
■お米券1万円分(新潟市より)
■寄付金1万円(新潟県民の寄付により)
■新潟市指定ごみ袋3年分(新潟市より。新潟市はごみ袋が有料)
■避難者交流会での軽食と子どもへの記念品(新潟県より)
■避難者交流会での保育サービス3時間が2回(新潟市より)
 他にもコンサートや舞台、イベントなどの無料招待の案内はたくさんいただくが、子どもと一緒となるとなかなか難しい。避難者交流会は各種団体が無数に開いているが、参加したのはこの程度だ。交流会に参加しても、せいぜい知っている者同士しゃべくりあっているのが現状で、あまり楽しいものではない。場が設けられているだけで、「あとは皆さん勝手にしゃべってお友達になってください」的なもので我々のような引っ込み思案家族は、ただ傍観しているだけになってしまう。だからあまり足を運んではいない。いずれにしろ、数々の支援で我々避難者は生活できていることに変わりはない。
 
 今日で震災発生1年半になる。ここまで支援が続いていることに感謝しつつも、自立していける人から順番に、福島に戻るも避難先に残るも人様に頼らない生活を始める時期が来ていると思う。その実現が何よりありがたいことなのだ。
# by zaoribiyori | 2012-09-11 22:22
 新潟に住むようになってから、福島県内に住む友人たちが福島にいた当時より訪問してくれるようになった。近いほど、そのうち行くからと先延ばしになってしまい、遠くなるほど予定を立ててくるから実現しやすいのだろう。そういう自分も、5年前福島市内にマンションを購入した友人宅へそのうちと言って行けてなかったのを、ようやく今年訪問できた。距離的に遠くなるほど繋がりを強く求めてしまうことはある。

 この夏、2人の女性が我が家に泊まりに来た。どちらも妻の友人で30代前半、独身。1人目はまいちゃんと言って、妻の大学時代からの親友だ。8月の上旬に山形市から来てくれた。まいちゃんには、昨年の震災直後3月17日から21日までの3泊4日、一家3人で泊めてもらった。原発事故の情報が錯綜して、生後1ヵ月の娘を抱えながら怯えていた悪夢のような日々だ。一刻も先を読めない状況下で、妻は泣きながら僕に福島からの避難を訴えた。片道だけのガソリン量で、まいちゃん家を目指した。カレンダーでは3連休が絡んでいた時でいろいろ予定もあっただろうが、まいちゃんは快く迎えてくれた。山形で過ごした4日間で、僕たちは代え難い安堵を得て、笑いを取り戻した。
 新潟に来てくれたまいちゃんと、海っぱたでビールを飲んだり、ワイナリーに行ったり、娘と遊んでもらったりと楽しく過ごした。彼女は会社員である傍ら、2つのバンドのヴォーカルをかけ持っている。自分がやりたいことを素直に実行していて、まさに今を楽しんでいる。楽器にも挑戦していてサックスを買おうか迷っているようだった。「この先、結婚でもしたらサックス使わなくなっちゃうし…。」僕はサックスを買うべきだと思った。今やりたいことをのびのびとやっているまいちゃんに、妻も僕も惹かれているのである。
 一方、9月初旬に東京から来てくれたのがAさんだ。彼女は、妻が編集者時代に東京まで通って受講していた「宣伝会議」主催の編集者養成講座で知り合った友人だ。これまでも何度か妻に会いに福島にも遊びに来てくれていたそうだけど、僕は1度だけあいさつ程度で会っただけだった。妻とは文通が続いていた。元々食品会社の社員だったが退職し、前から夢だった家庭科の教師を目指して合格し、都内にある私立の中学校に勤めていた。しかし今年3月、わずか2年で退職してしまった。現実の「学校」という職場に適応できなかったのだろう。
 Aさんは2泊3日、滞在していった。彼女を何年かぶりに見た時、はっとしてしまった。老け込んでいたのである。現在は無職のようだが、相当に疲れていることが伺えた。現実を否定する内容の手紙が来ていることは聞かされていた。会って30分もすれば大体その人の雰囲気がつかめるが、率直に言えば「全く熱がない」のである。2日間見ていて、何をするにもエネルギーを感じられないのである。そして滞在中、彼女が口にすることの多くは、「日本になんかいたくない」「勤めていた学校とその教職員がひどい」「フランスで暮らしたい」そんなところである。妻は問う。「じゃあフランスに行っちゃえば?」「お金がない」「じゃあ向こうで働けば?」「1年でビザが切れるから意味がない」「んー、東京が良くないのよ。日本の地方も素敵なところたくさんあるよ」「東京で通院している病院があって東京を離れられない」この会話を聞いた時、この人は何をしたいんだろうと思った。ただ、現実から逃避したいだけなのではないか。

 後日、まいちゃんからハガキが届いて、サックスを買ったそうだ。要は何が言いたいかっていうと、自分のやりたいことをやって輝いている人と、現実から逃げて夢想ばかりしている人では、30代独身女性だけにより際立って映ってしまうなあということだ。男から見ても。最近、泊まっていった2人の女性がモロ対比関係にあったから、下世話ながらついボヤいてしまったのである。
 
# by zaoribiyori | 2012-09-07 22:48